鈴木大拙の「自由」とは

アメリカへ行ってラサールで何かを考えていたときに、<ひじ、外に曲がらず>という一句を見て、ふっと何か分かったような気がした。うん、これで分かるわい。なあるほど、至極あたりまえのことなんだな。なんの造作もないことなんだ、そうだ、ひじは曲がらんでもよいわけだ、不自由(必然)が自由なんだと悟った。(秋月龍眠著作集6「人類の教師・鈴木大拙三一書房

鈴木大拙の「自由」とは、何ものにもとらわれず、こだわらず、自らのままうごけば、それがはたらきとなり、存分に発揮されるということなのだ。私が私のままでいいと言える。そのことは、多くの人が言っていることではあるが、その真意を知ると、なんとも不思議な気持ちになる。現場で生きている自分と、その自分を上から見下ろしている自分がいる。

もっともこういうものを読んでも、我々凡人にはなかなか分かりませんが、不自由がそのまま自由だ、因果の繁縛がそのまま解脱だ、生死の苦しみがそのまま涅槃だという、そのような「ひじ、外に曲がらず」、そこに救いがある。(19P 序章より)