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父の生活

月命日なので、天草へ。今度は一人、新幹線に乗っていく。8時に出発して、到着するのが16時半。移動するだけで丸一日かかる。

天草は美しい。雨上がりだったから特に緑が映えた。庭の桜が満開だった。庭に桜があるなんて知らなかったが、よく考えてみるとこの季節に訪れたことがなかった。昨年の今頃は、まだ母は生きていた。熊本地震におびえていた頃だ。

着いてすぐ、ヘルとの散歩に出かけた。歩きながら、父は「あの世にひとつだけ持って行けるものがあるなら、散歩道を持って行きたい」と言った。確かに、それだけの価値はある。

父は散歩中によく話す。昔の話が多い。母との出会いとか、母が入院するときに私を祖母に預けたときの話とか。泣いて追いかける私から隠れるように帰る時、「人との別れがこんなにつらいとは思わなかった」そうだ。

父は、自分の家で、自分のペースで生きていた。家の様子を見るだけで、それがわかる。好きに生きるのが一番だと思う。

とはいえ、この家にはまだ母がいる。家に入ってきたとき、実家の香りがした。父が暮らしているのは、母との暮らしの延長線上。父がいるから、母とヘルがまだここにいる。父は、それらを守っているのだ。この行為こそ愛であり、父の強さはそこにある。