「人を助けたい」と思うのは、思い上がり

私の両親は情が深く、人のことを心配する。私にもそのDNAがあり、やたらと人のことを心配する。息子や娘家族のこと、父のこと、元夫のこと。そんなこと心配しなくてもいいのに、と思う。結局、みんな自分でなんとかするしかないのだから。

昨夜、夫と話したのは、「人を助けられると思うなんて、思い上がりだ」ということ。みんな、自分の運命を生きている。自分に与えられた課題を解決することで、なにかが得られる。下手に助けようとすると、その経験を邪魔することになりかねない。

「助けて」「困っている」と言われたら、できるだけのことをすればいい。そのためにも、いざというときに十分に発揮できる人間になっておかなければならない。

鈴木大拙のもとには、いろんな人がやってきたという。みな、口々に自分の悩みを大拙に話す。大拙は、いちいちそれに「な」「な」と相づちを打つ(なるほど、という意味らしい)。そして話が終わった後、「それはそれとして」と言ったという。その本意はわからないが、「見事だ」と思う。