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「天才が語る」(ダニエル・タメット)その1

BOOK THINK

 これは収穫。一部を書き写したので、記録しておく。参考になるサイト→

アスペルガーのヒトリゴト 天才が語る

知能は一種類だけではなく、正確には8種類あり、ひとりひとりがその8種類の知能の絶妙な組み合わせからなっていると主張している。
彼の複合的な知能理論は、1983年に出版された著書「Frames of Minds(心の構成)」によって有名になった。
1 言語の知能ーー言語を話し、文字を書き、学び、目的に合わせて言葉を使い分けられる知能。たとえば、作家、詩人、弁護士、演説家など。
2 論理・数学的知能ーー問題を分析し、数学的な計算を解き、科学的に問題を調べられる知能。科学者、エンジニア、数学者など。
3 音楽的知能ーー音楽的の演奏、作曲、鑑賞力に秀でている知能。すべての音楽家には、明らかにこの知能がある。
4 身体運動感覚的知能ーー身体の一部、あるいは全体を使って問題を解決できる知能。スポーツ選手、俳優、ダンサーなど。
5 空間的知能ーー飛び抜けて優れた方向感覚があり、対象物を視覚化したり頭の中で動かしたりできる知能。芸術家、エンジニア、建築家など。
6 対人的知能ーー他人の感情、意図、動機を理解できる知能。販売員、政治家、セラピスト。
7 内省的知能ーー自分自身のこと、感情、目的、動機を理解できる知能。哲学者、心理学者、神学者
8 博物学的知能ーー身の回りにあるさまざまなものを利用し、新しいものを育み、動物や植物と交流を図れる知能。農場経営者、庭師、自然保護官。
ガードナーの複合的知能の理論を学校で採用した多くのアメリカの教育者が、試験の成績が良くなり、親の参加が増え、教室内の秩序が改善された、と報告している。

キーワード検索について

レインマン』でダスティン・ホフマンが演じた人物のモデルとなったキム・ピーク。キムが膨大な量の情報を記憶しているのは、自分が学んだ事柄をさまざまな種類の関連と接続からなる脳のネットワークに組み入れているからなのだ。キムと話すうちに、ぼくにはこの高度に関連付けられた思考の形態がたちまち手に取るようにわかった。話の途中である単語や名前を耳にすると、それに関連した他の単語や名前や事柄をいきなり堰を切ったように話し出す。キムは言葉や事柄を聞いて、急に歌を歌いだすこともあった。耳にしたばかりのこととかすかに関連のあるものが、その歌詞に含まれていたのかもしれない。新しく仕入れた情報の断片を、先に覚えていた緻密で複雑で広大な蜘蛛の巣状のネットワークに組み入れる能力があるために、キムは、そして他のサヴァンの人たちも、類い稀な記憶力を発揮できるのだ。

主な記憶のシステムについて
大半の研究者は、主な記憶システムを以下の3つに分けている。「エピソード記憶」は、過去のある時と場所で生じた個人の経験に基づく特殊なエピソードを再現する記憶のことだ。「意味記憶」は、もっと一般的な情報、たとえば言葉や事柄、知識の記憶のことで、他の無数の事柄のなかから、8の二乗は64とか、ヒンズー教は宗教だとか、祖母の名前はジョアンだとかいったことを記憶している。「手続き記憶」には技術や習慣を身につけたりする能力も含まれている。例えば靴紐を結ぶ、泳ぐ、木登りをする、車を運転する、といった身体的なことはこの記憶のなかに収められる。日々の活動の大半は、この3つの記憶システムが融合しておこなわれている。
情報過多の弊害について
 延々と続く情報の渦に巻き込まれることは、情報が少なすぎることと同じで、精神衛生上好ましいことではない。情報過多も情報過少も、内省的で慎重な思考、異なる事柄や考え方に意味を見出して繋げていく能力、複雑な問題と事象を深く理解し、事故や周囲の世界を理解する能力などを鈍らせてしまう。現代の情報の「過剰さ」は、人の精神生活を営む活力を破壊している。
 心理学者がおこなった実験から、情報過多がぼくたちの脳に害を与えかねないという説に信憑性があることがわかっている。1997年、ジャーナリストのデイヴィッド・シェンクは「ハイテク過食症 インターネットエイジの奇妙な生態」(早川書房)という本で、この問題を語った。現代の情報量は、人の情報処理能力をはるかに上回っていて、「情報過多」を引き起こし、生活の質を損ねている、と彼は主張する。イギリスの心理学者デイヴィッド・ルイスは、データ・スモッグ(情報過多状態)の悪影響をーー不眠から集中力の低下までーー「情報疲労症候群」と呼び、彼の調査で会社の重役たちは焦燥、心臓疾患、過緊張の症状に苦しんでいることがわかった。さらに、過剰な情報に苦しんでいる従業員はミスをおかしやすくなり、同僚を誤解し、指示を間違え、新しい情報の流れに遅れまいとして長時間働く傾向にある、ということもわかった。
 情報過多に直面すると、たいていの人は複数の仕事を同時にこなそうとするが、科学的研究によれば、それは非効率的であることがわかっている。バンダービルト大学の人間情報処理研究所の所長であり神経科学者のレネ・マロイスは、ふたつの仕事を同時におこなうといかに効率が悪くなるかを調べた。ひとつの課題は、8つの音のうち、ある音が聞こえたら決められたボタンを押すというもので、もうひとつの課題は、8つの画像のうち、ある画像が現れたら決められたボタンを押すというものだった。課題を別々にこなしているときは、被験者たちの実行能力に違いはなかった。ところが、同時にふたつの課題をおこなう段になったら、ふたつ目の課題の実行速度が極端に落ちた。
 情報過多による弊害の最たるものは、注意力散漫だ。注意力散漫のせいで人と企業は時間を無駄にし、効率を低下させている。科学者のエリック・ホルヴィッツとシャムジ・イクバルのおこなった調査は、電子メールやウェブ・サーフィンのような集中力を乱すものが、報告書を書いたりコンピュータ・コードを書いたりといった重要な仕事をこなす能力に悪影響を及ぼしていることを証明した。電子メールやメッセージに返信するたびに、従業員の作業能率は驚くほど低下した。いったん仕事を中断すると、生産的な態勢に戻るまでには平均15分かかった。メッセージに返信したり、ウェブサイトを見たりするうちに、非生産的な時間は雪だるま式に増えて行く。それによってアメリカ経済で失われた生産性を金額に換算すると、年間約6500億ドルに達するという報告もある。

 忘れることの価値について

ワシントン州に住むコンピュータ科学者ゴードン・ベルは、情報過多の問題に対する、かなり極端な技術的解決法を考えついた。この10年間、ベルは「サロゲート・ブレイン(代理脳)」と呼ぶコンピュータに、自分の生活の巨大なデジタル・アーカイブを作り続けている。首に着けた小さなカメラで1分おきに自分の生活を取り続け、録音機器ですべての会話を録音し続けている。彼のアーカイブには10万通以上の電子メール、5800枚の写真、何千という電話の内容、2003年から彼が訪れているあらゆるウェブサイトの記録が収められている。この「生活の情報収集」によって得たものは、崇拝者と中傷者だった。彼のことを、情報の洪水を軽々とこなしていくヴァーチャル・メモリーが主流となる未来を見据えるパイオニアとみなす人々がいる。しかし、ベルと同じコンピュータ科学者のフランク・ナックはベルと反対の立場で、忘れることの重要性を強く説いている。人を許すには、過去の特別な出来事を忘れる能力が必要だ、とナックは言っている。他にも、全生活を記録しているとなると、周囲の人たちはカメラのためにいつも演技しているような気持ちになってよりぎこちなく、不自然になるだろう、と懸念している人たちもいる。
 「代理脳」のもうひとつの問題は、実際の脳に及ぼす悪影響だ。2007年に、神経科学者のイアン・ロバートソンは3000人の大人に聞き取り調査を行い、一般的な個人情報を訊いた。すると、家族のうちのだれかの誕生日を覚えている人の割合は、30歳以下では40パーセントに満たなかった。さらに驚いたことに、全体の3分の1は、自分の家の電話番号を覚えておらず、携帯電話の登録リストで確認しなければならなかった。
 細かな情報を忘れることよりはるかに深刻なのは、脳をコンピュータのデータ保存システムにたとえることで自己への認識が変化することだ。第3章で述べたように、人の記憶はデータの集積ではなく、物語、心象、感情が絡み合ってできている。詩人のデレク・ウォルコットは1992年にノーベル賞受賞公演で同じことを述べている。人間の記憶を、丹精込めて拾い集めて作り上げた大切な花瓶のかけらにたとえ、かけらを集めてひとつにするというその行為自体が、愛することにつながるのだ、と。

 ネットとの付き合い方&本の分類法

…個人がなにを選択し、どう行動するかがきわめて大事だ。もしかしたら規制を設け、回数を決めることが、もっとも簡単なやり方かもしれない。たとえば、仕事時間外では業務用の携帯電話の電源を切っておく、あるいはメールをチェックするのは1時間に1回だけと決める、といったことだ。
 
 …もしかしたら、一番大事なのは、みなさんが本で読んだりテレビで見たり聞いたりした新しい情報の断片を、それで終わりにしないでジグソー・パズルのピースのように扱うことではないだろうか。情報を得ることは、学んだり、考えたり、生活したりすることと同じではない。情報の断片は、頭の中で考えをまとめ、判断し、理解するために使われるものなのだ。ぼくたちひとりひとりのように、そうした情報の断片のひとつひとつは、それが何か大きなものを構成するときに意味のあるものになるのだ。
 
 …ときにはコンピュータからちょっと離れて、地元の図書館に行って欲しい。図書館には情報がきわめて明快に収められているので、あらゆる分野の無数の本にたちまちアクセスすることができる。図書館の書棚にあなたを導いてくれるのは、大変すぐれた技術なのだ(悲しいことに、あまりにも過小評価されているが)。たいていの図書館ではデューイ十進分類法(この名は司書のメルヴィル・デューイにちなんでいる)が使われていて、すべての本をカテゴリーごとに分類している(訳注・日本ではこれをもとにした「日本十進法分類法が広く用いられている)。デューイの分類法によれば、同じテーマの本はすべて同じ区域にあり、似たテーマの本や関係書はその近くにある。このように、類似している本や関連性のある本は、同じ場所におかれている。つまり、二冊の本のつながりが密接であればあるほど、書棚の近いところにおかれているのだ。そしてそれぞの本には、複雑だがきわめて直感的な分類法にした従って、10種類の大きなカテゴリーに分けるための番号がつけられている。