Jawbone UPことはじめ…そもそもライフログって役に立つの?

 このブログを始めて以来、「そもそもライフログって何の役に立つの?」と聞かれることが増えた。そういえばまだ、そのことについて書いていなかった…と思ったら、今年の1月に「ライフログに求めるもの」という日記を書いていた。その中に、こんな一文がある。「ライフログをやっていて一番よかったことは、健康を害したとき、その前後に何をしたか、何を食べたかがすぐにわかるということ」。しかし、改めてその理由をじっくり考えてみると、決してそれだけではない。もっとほかにも、大事な理由がある。ということで、今回の日記では、私がライフログを記録する3つの理由について書いてみようと思う。

  • 健康管理に役立つ

 分かりやすい例を挙げよう。腹痛を起こして医者の診察を受けると、必ず「その前に何を食べましたか?」と聞かれるはずだ。このとき、すぐに答えられる人はどのくらいいるだろうか。もちろん、直前の食事であればある程度説明できるだろうが、その前、あるいは前日の食事となると、「たしか、○○屋のお弁当だったような…」程度にしか思い出せないのではないだろうか。これだと、残念ながらあまり参考にはならない。

 もしライフログを記録していれば、医者の前で「昨夜食べたのは○○定食で、おかずは○○と○○でした」というように詳しく説明できるようになる。場合によっては、写真を見せることもできるだろう。そうすれば、医者もその原因が分析しやすくなる。もちろん腹痛だけじゃなく、アレルギー症状が出たときも何を食べたかという情報は重要だし、医者に行くほどではないが、胃がもたれたり気分がすぐれないといったときも、こういった記録があれば自分なりに原因が分析できるだろう。

 ところで、入院した身内のお見舞いに行ったとき、タイミングよく医者が回診にきて問診を始めたので話を聞いていたところ、食事や気分のほかに「お通じ」についても質問していた。たしかに、それも健康チェックには重要な情報だ。しかし、残念ながら「お通じ」については、まだあまり有益な記録ツールが提供されていないようだ。たしかにあまりイメージはよくないので、手が出しにくい分野ではあるかもしれないが、健康管理上は重要な情報なだけに、なんとかうまく記録できるようにしたいものだ。

  • 自分をコントロールできるようになる

 誰の体にも、癖がある。たとえば、呑めない人がお酒を呑むと、嘔吐したり倒れたりするのは体質のせいだが、これも「癖」といえば「癖」。わたしの場合、一日の歩数が1万歩を超えると、超えた時点で無性に眠くなる。これもきっと、私の体の「癖」なのだろう。

 毎日ライフログを記録し、そのログを見直してみると、これまで気づかなかった自分の「癖」がいろいろ見つかる。これらの「癖」をいったん理解し、その「癖」をうまく利用できるようになれば、毎日の暮らしが楽にコントロールできるようになる。

 たとえば私の歩数の例だと、夜の10時に寝たいと思ったら、そのあたりで歩数が1万歩を超えるようにウォーキング時間を調整すればよい。そうすれば、気持ちよく眠りにつけるはずだ。

 頭痛持ちの知人は、自分の頭痛が気圧の変化と関係があると知り、iPhoneに気圧の変化を知るためのアプリをインストールしたという。このアプリをチェックすれば、いつ頃頭が痛くなるかがある程度予測できるので、その時間帯には重要な仕事を入れなかったり、あらかじめ頭痛薬を準備しておくなど、あらかじめ対策することができて便利なのだそうだ。

 また別の知人は、サプリメントが自分の体にどう影響するのかを正確に分析できたとのこと。だから、いつもその日の体調にあったサプリメントを選び、処方するそうだ。彼は自由業だから、きっと自分の体調をコントロールするということが、とても重要なミッションだったのだろう。

 自分の体の「癖」を理解する情報として、ライフログはとても有効だ。ライフログには自分の行動を記録するが、できればその前後の体調の変化および気分の変化もコメントとして記録しておくことをおすすめしたい。そうすれば、あとでそのログ全体を俯瞰したとき、自分の体の「癖」が見つけやすいからだ。

  • 丁寧に生きられるようになる

  ライフログを記録し始めると、もれなく自分の体や心、自分をとりまく環境などが気になるようになる。いつもならするすると通り過ぎてしまう日常も、ライフログを記録するためにいったん動くのを止めてじっくり観察することによって、これまで見えなかったものが見えてくるようになるのだ。

 たとえば、歩数を記録するようになると、歩く道に興味がわいてくる。「いつも通っている道だと2300歩だが、こっちの道だとどうかな?」と道を変えてみることによって、思わぬ近道が発見できるかもしれない。いつも使っていた階段も、段数を数えてみたくなるかもしれない。階段の段の数がわかったからといって何がどうなるかということではない。しかし、そういったことを気に留めるようになるだけで、毎日の暮らしは確実に変わってくる。

 無意識のうちに過ごしてきた時間を意識的に過ごすようになれば、ちょっとだけ「丁寧に」生きられるようになる。丁寧に生きるようになると、時間の密度が変わってくる。一日はやっぱり24時間だけど、その間に見つけたもの、味わった感覚の「質量」が、これまでとはくらべものにならないほど重くなるからだ。