常に辞書を携帯する必然性とは (電子辞典コラム)

 私は物書きだから、言葉に対する興味はひと一倍高い。また、そうでなければ商売もうまくいかない。原稿の中で間違った言葉を使ったりすると、たちまち仕事を干されてしまう。だからこそ、言葉の意味や語源、正しい表記には気を使う。すなわち、辞書が手放せなくなってしまうのだ。

 執筆業を始めてまもなく、父は私に広辞苑をプレゼントした。「文章を書くときは、常にこの辞書を身近に置き、少しでも自信のないときはすぐに調べるようにしなさい」という彼の言葉を守るべく、私はパソコンの隣に広辞苑をおいた。しかし、広辞苑で調べていたのは最初の頃だけで、インターネットが使えるようになってからは、常にインターネットを使って言葉の意味を調べるようになった。

 インターネットで言葉を調べるというと、たいていの人は「インターネットの辞書サイト、便利だもんね」と頷く。たしかに辞書サイトは便利だが、私の場合、そればかりではない。どちらかというと、検索サイトである「Google」を使って言葉の使い方を調べることが、圧倒的に多い。

 たとえば、「迎合」という意味を辞書で調べたとしよう。excite辞書の「大辞林」で調べると、「相手の気に入るように努めること」と書かれている。しかし、私が知りたいのはそういう言葉の意味ではない。「大衆に迎合した作品」という表現が果たして正しいかどうか、それを知りたいのだ。

 この言葉の使用例が知りたい場合は、Googleの検索ボックスにそのまま「大衆に迎合した」と入力するといい。ある程度検索結果がヒットし、しかも大手新聞社や信頼性の高いメディアで使われている言葉だと分かれば、安心してその表現を使うことができる。反対にヒット数が少なかった場合、その表現は却下する。我ながら、なんとも他力本願な、頼りなげな方法ではあるとは思うが、日本人らしく多数意見が正しいという判断でとりあえず納得している。

 ところで、私が仕事する場所は、屋内とは限らない。ときに外出先、電車の中、駅の待合室で原稿を書くこともある。屋内でなくとも、やはり父の言いつけはきちんと守らなければならない。しかし、だからといって重い辞書をカバンに入れて持ち歩くなんてまっぴらだ。この問題を解決すべく、私はいつも PDAに辞書をいれて持ち歩いている。

 現在常に携帯しているPDAは、SL-C750(ザウルス)とPEG-UX50(クリエ)の2台。どちらにも辞書がインストールされている。この PDA、どちらもキーボード付きなので、どちらでも原稿が書けるし、どちらでも辞書が調べられる。片方で原稿を書き、もう片方のPDAで辞書を起動すれば、執筆途中にわからない言葉が出てきてもすぐに調べられる。さすがにこの状態でGoogleを使って調べようという気にはならないが、インターネット接続環境があれば、それも不可能ではない。

 外出先でも自宅でも事務所でも、いつでも辞書を使えるという安定したモバイル環境を手に入れておけば、場所に縛られず好きな場所で仕事ができるようになる。しかしこれは、執筆業に携わっているために生まれたニーズである。他の職業の人にとって、モバイル電子辞書はどんなときに必要になるのだろうか。「電子辞書がとてもよく売れています」という情報を見るたび、その需要はどこからくるのだろうと不思議に思っていた。この疑問は、某日思いがけず解決した。

 某ビジネスマンと会話していて、偶然電子辞書の話が出たので、「ビジネスマンはどういった用途でモバイル電子辞書を使っているのでしょうか」と質問してみた。聞けば、彼も多いに電子辞書を利用しているとのこと。ただし、私のような使い方ではない。彼は、仕事で英語を使わなければならないため、常に英語の勉強を続けている。彼のもっているSL-C760には、英文を読み込み、単語をタップすればすぐに辞書でその意味を調べて表示するというアプリケーションがインストールされている。これなら満員電車の中でも、たいして場所をとることなくスムーズに英語が勉強できるのだそうだ。Eラーニングは相変わらず流行っているようだし、こういった使い方なら、なるほどビジネスマンにとっての需要は多いだろう。

 彼は、さらにこう言葉を続けた。「いわゆる電子辞書もいいと思うけど、ボクはメールや本を読んでいる最中にすぐに辞書がひけるという環境が気に入っているものだから、やっぱりPDAがいいと思います」。考えてみれば当たり前のことで、言葉の意味を知りたいと思うのは、なにか文章を読んだり、人と話したりしている最中であるはず。であれば、その行動を止めることなく、できるだけスムーズに辞書が引ける環境であったほうがありがたいのだ。私が広辞苑をやめてインターネットを使うようになったのも、実は今やっている行動を途中で止めたくないからだったかもしれない、と思った。

(2006年5月)