君の瞳には、なにが映っているの?


 あいにくの雨だが、静岡の病院まで車を走らせた。同乗者は、私と相方、それと長男と長女。静岡の病院には、息子の妻と子供がいる。息子の子供、つまりわたしにとっては孫である。これから生まれて初めて、孫に会いにいくのだ。といっても、正直あまりピンときていない。一昨年、大学を卒業した息子は、昨年夏に恋人と結婚すると宣言し、それから間もなく「彼女が妊娠した」と言った。卒業からここまでの道のりが、あまりにも早すぎた。私は、その速度についていくのが精一杯で、だから孫とご対面した瞬間に「かわい〜!」とは思ったものの、「どう、おばあちゃんになった感想は?」と言われても、「よくわからない…」としか答えられなかった。

 ただ、赤ちゃんを抱いた息子の姿をみたときは、ちょっと鳥肌がたった。24年前、私はこれとおなじ光景を見たことがある。そう、あれは息子が生まれた時だ。息子のパパ、つまり当時の私の夫は、今の彼と同じように不器用に息子を抱き、愛しそうにつくづく赤ん坊の顔を眺めていた。その光景がピタリと重なって見えたとき、「ああ、この子は私の孫だ」と感じた。

 息子嫁のお母さんから、「写真集を作ったので、見て下さい」と手渡された。開けてみると、最初のページに富士山の写真、そして次のページに、妻をしっかりと抱く息子の姿が写っていた。それから次々と、陣痛に耐える息子嫁、それを見守る息子の姿が続いた。「彼は本当に、よくしてくれました。三日三晩続いた陣痛でしたが、ずっと娘のそばにいて片時も離れず、不眠不休で娘を心配してくれて…」。その姿を見て、「うちの娘は、本当に夫に愛されている」と感じたそうだ。それで、その姿を撮影し、記録として残そうと思ったそうだ。
 その写真集には、私の知らない息子の姿があった。愛する妻を思い、励まし、苦しむ姿から目をそらさず、一緒に戦っていた彼の姿だった。私が言うのもなんだが、本当に彼はかっこよかった。いい男に育ったものだ。そのことを教えてくれたお母さんに、心から感謝したい。

 夜、静岡のおじいさま、おばあさまとも対面した。結婚がバタバタと決まって式も挙げていなかったので、今までご挨拶するきっかけがなかったのだ。私たちがお宅に到着すると、客間に通されて、すぐにお寿司とお味噌汁、もつ煮込み、自家製漬け物がふるまわれた。どれも、とても懐かしくて優しく、お二人のお人柄が伝わるような味だった。

 その客間は、退院後、息子嫁が産後一ヶ月過ごす部屋になるという。そこには彼女のベッドと赤ちゃんのベッド、こたつがあり、とても居心地がよかった。これなら、嫁も安心してゆっくり育児ができるだろう。ご夫婦は、終始にこやかで楽しそうで、いかに息子夫婦がお二人に愛されているか、よくわかった。本当にありがたいことである。

 ところで今日の日記タイトルだが、これは相方が赤ちゃんをだっこしたときに思ったことだそうだ。私は「こんにちは、私がおばあちゃんだよ」と思ったのだが、彼は「ね、君の瞳には何がうつってるの?」と思ったそうだ。彼と私が結婚したとき、息子はすでに中学生だったから、相方はこれまで赤ちゃんに触れる機会がなかった。だから、本当に不思議なのだそうだ。これから孫と会うたびに、新しい発見があるに違いない。