ライフログは必要か?

 昔、「知的生産の技術」という本にかぶれたことがある。高校生だった私は、この本を読んですっかりその気になって、京大型カードを買ってそこにメモを書き付けていた。当時書いたメモは、もうすっかりなくなってしまったが、もし今でも残っていたら、さぞ面白い内容だっただろう。なくすなんて、もったいないことをした。

 最近になって、またその本を手にする機会があり、改めて読んでみたところ、古い内容ではあるが、たいへん面白かった。学問に対する誠実で真摯な著者の姿勢が清々しく、非常に心惹かれた。最近は、なかなかこういう人を見ない。

 さて、この本には、カードでメモをどうとるか、という話が書かれているが、これは今のiPhoneのメモにも通じることが多く、大変ためになった。なかでも、なにを記録すべきかという話は、とても考えさせられた。

 私はこれまで、twitterやtimelogでライフログを記録してきたし、いまもmomentoで記録を続けているが、本当にライフログは私にとって必要なものだろうか。この本では、メモするべきことは「発見」であると書いていた。著者は、思いついたこと、発見したことこそ、記録すべきメモだという。これはつまり、ライフログではなく、思考ログだ。私に必要なのも、この「思考ログ」なのではないだろうか。確かに、食事の記録や就寝時間の記録は、健康管理には役立つだろう。しかし、私はそれがしたくてライフログを始めたのだろうか。おそらく、そうではなかったはずだ。