社会を変えたい男の子、幸せでいたい女の子


 親しい友人を招き、ホームパーティを開いた。ちょっとした手料理と、おふたりからいただいた大量のお土産をテーブルに広げ、ビールやワイン、酒を呑み交わしながら、四方山話に花を咲かせた。気の置けない友だちと、とりとめのない話をしながら過ごす時間は、なにものにも代えがたい宝物だ。ここのところ、仕事に追われて余裕なく日々を過ごしてきたせいか、なかなかこういう時間がもてなかったが、これからは心がけて時間を作り、友だちとのコミュニケーションを大切にしていこうと思った次第である。

 さて、今回のゲストであるお二方は、とても不思議な呑み方をする御仁であった。杯を重ね、アルコール度が高まるにつれ、おふたりの会話の内容がどんどん高尚かつ難解になっていくのだ。もともと、今回の飲み会のテーマが「花見という観点から見た、江戸時代の循環社会における庶民文化と現代との違い」だったのだが、そこから話はどんどん発展し、鬱問題、アウトソーシング問題、税制について、学校教育についてと、多岐に渡った。あまりにも難しい内容で、私も娘も口をはさむことすらできず、ただひたすら拝聴していたが、相方は嬉しそうに参戦していた。話はどんどんエスカレートし、呑み会は、最終電車を逃すギリギリのタイミングまで続いた。最後までまったくテンションが衰えないどころか、まだまだ話し足りないという風情で帰っていったお二人の背中を見ながら、そのバイタリティーとエネルギーにそっと拍手を送った。

 それにしても、男の子は本当に社会について話をするのが好きだ。ニュースを見たり、職場の様子を見たりしながら、いつも「もっと社会をよくするにはどうしたらいいか」ということを考えているらしい。そういう男の子の姿を見て、女の子たちは「すごいなぁ」とひたすら目を丸くする。飲み会の後、娘は「半分以上、なんの話だかわからなかったけど、みんな頭がいいんだねぇ」と、言った。私もまったく同意見だった。

 しかし、自己弁護のように聞こえるかもしれないけれど(たしかに少しそうなのだが)、女の子だって社会をよくしたいと思わないわけではない。ただ、その方法が違うのだ。女の子は、社会をよくするために、まず身の回りのことに着手する。まず自分の幸せをなんとかしようとし、その次に家族、彼氏、友だちの幸せを考える。そしてこの思考の先に、社会の幸せがある。そういう風に考えるものなのだ(いやいや、もちろん、そうではない女の子もたくさんいるだろうけれどね)。

 写真は、いただきもののスイーツ。シュークリームを重ねて、ケーキのようにデコレーションされていた。とても美味しかった。ありがとうございました>knoboruさん。

====================
真花の雑記帳 Neo
http://www.office-mica.com/mica/