最期の日

16日の夜、モモは食欲がない様子。動きも少なかった。前日通り、夜中は家族交代で面倒をみようということになったが、夫も息子もかなり疲れた様子だったので、「私が1時間おきに様子をみるから平気」といった。寝室からリビングに布団を運び込み、モモの隣に敷いた。枕の下に携帯電話をいれ、アラームのバイブレーターを仕掛けた。しかしモモは夜中もほとんど動きがなく、ポカリスエットを飲ませようとしても嫌がるばかり。ミルクも飲まない。

翌朝、息子が早く起きてモモを医者に連れて行った。9時前に出て、帰ってきたのが10時過ぎ。脳波を撮ったそうだが、異常は見つからなかったという。ただし、モモは頭蓋骨が厚いから、そのせいでうまく映らなかったのかもしれないという。それと、ここ数日ウンチが出ていなかったから、医者が少しマッサージみたいなことをしてウンチを出した、といった。すっかり硬くなっていて、自力ではできなかったらしい。

モモを自分の部屋に入れたが、ぐったりしている。立たせようとしても、全く立とうという意思が感じられない。足に力が入らないようだ。体を冷やさないよう、ホットカーペットの上に寝かせ、娘がおいていったタオルをかけた。

11時、いつものようにポカリスエットを与えようと、モモを抱き上げた。ぐったりと、動きがない。台に寝かせてスポイドでポカリスエットやミルクを与えてみたが、嫌がりもしない。しかし、口の中に入ったポカリを飲み込む様子もない。

様子がおかしいと気づき、もう一度抱いた。四肢が全く反応しない。首もグラグラしている。目を見ると、右目があらぬ方向を見ていた。両目の焦点があっていないようだ。

もしかしたら、今日彼は死んでしまうのかもしれない。そう思うと、気持ちが焦った。まだ彼は、楽しいことも美味しいことも何も経験していない。モモを抱いたまま、ベランダに出てみた。「モモ、これが外の風景だよ」と声をかけるが反応なし。部屋に入り、もう一度ポカリスエットを飲ませたが、これも反応なし。

しばらく抱きながら歩き回り、「モモ、大丈夫?」と話しかける。すると彼は、時々大きく口をあけ、息をする。11時15分、事務所にいる息子にメッセンジャーで「モモが死ぬかもしれない」と送った。片手でモモを抱いたままなので、なかなかうまく入力できないのがもどかしい。このとき、モモの匂いが変わったように感じた。いつもの匂いではない。

息子がピンときていない様子なので、片手で電話。「モモが死にそう」と伝えたら、「すぐ行く」との返事。電話を切ってモモをみると、呼吸をしていない時間が長くなっているのに気づく。「モモ、だめだよ」と大きく声をかけると、思い出したように口を開けてふーっと息をする。何度も何度も、大声で声をかける。

息子が家に到着する直前、モモは全く動かなくなった。何度声をかけても、呼吸しない。息子が玄関から飛び込んできたが、私が彼に「死んじゃった」というと、顔色を変えてモモの胸を触り、すぐ病院に電話をかけて「モモが死にそうなんです。心臓が止まりました」と叫んだ。医者は息子に「5分以内にここに連れてきて」といった。息子はすぐにタクシーを呼ぼうとしたが、私は彼を止めた。

「なんで?」と息子。しかし私は、モモがずっと嫌がっていた病院に、もう一度彼を連れていきたくなかった。最期の時は、家の中で家族に囲まれていたほうがよいだろうと思ったのだ。モモは私に抱かれたまま、もう二度と息をしなくなっていた。なにかしたところで、生き返るとは思えない。

どうしたらよいかわからず、「モモ、モモ」と声をかけながら、私は意味なく部屋の中をうろうろ歩き回った。チョコも私と一緒に、静かに歩き回る。そういえばチョコは、朝から一度も鳴いていない。ずっと黙って、私の後ろをついて歩いていた。なにか感じていたのだろうか。

息子は私の頭を撫でた。私はボロボロ泣きながら、モモを下ろすことができず、抱いて歩き続けた。モモはまだ、温かい。こうしていると、まるで寝ているように見える。下ろすと、死んでしまったように見えるかもしれない。それが恐くて、ずっと抱いていた。

電話の下をみると、モモのウンチが落ちていた。息子に電話した時、モモが最後のウンチをしたらしい。あの時「匂いがおかしい」と思ったのは、このせいだったのか。チョコが舐めるといけないので、片手でウンチをとり、床を消毒した。息子が黙ってそれを手伝った。

12時過ぎ、夫の取材が終わった頃、彼に電話をかけた。電話で「モモが息を引き取った」というと、しばらく沈黙し、「戻ります」といった。一緒に営業担当者がいるから、いろいろ話せないのだろう。冷静を装っていたが、声が変だった。ほどなく、彼が戻ってきた。

モモを部屋に入れ、タオルの布団をかけた。その時、娘から電話がかかってきた。「モモはどう?」と、娘。「たった今、息を引き取ったよ」というと、しばし沈黙。その後、「はい」といって電話を切った。

午後、夫は取材が2本残っているので再び外出した。息子も事務所に戻った。みんな、仕事するのがつらそうだ。私は自宅に残り、モモを見ていた。いくら泣いても、涙が止まらない。私の隣にチョコが座り、静かに私を見たり、モモのケージに近づいて中を覗き込んだりしている。

夕方、息子が戻ってきた。同じ病気でチョコを死なせるわけにはいかないから、二人して、もう一度床を拭く。それから、アマゾンの箱にタオルを敷き、モモを寝かせ、その上からタオルをかけた。彼のおもちゃも、その横に入れた。箱のまま隣の部屋に運び込み、モモのケージを分解し、ベランダに出した。これもまた、チョコにジステンバーをうつさないためだ。モモのケージを片付けた部屋は、やたらと広く感じた。

モモをどう弔うかについて、息子と相談した。息子は、私に任せるといった。娘の意見を聞こうと電話すると、娘の携帯なのに彼女の友だちが出た。友だちは泣きながら、「ミズホちゃんはあれから大泣きして、過呼吸になって保健室に運ばれたんです。私、そばにいながら何もしてあげられなくて…」といった。

娘が心配だ。私は前夫の携帯に電話をかけ、「ミズホが心配だから見てやって」と伝えた。彼は、「わかった。しかし子犬だろう?」と不思議そうだった。子犬が死んだからといって、なぜそれほど取り乱すのか、理解できない様子だった。

あれこれ考えた挙句、最期に立ち会えなかった娘のためにも、モモを火葬して簡単な仏壇を作ってやろうと思った。本当は、火葬はキライだ。死んだからといって、焼かれるのは辛いだろうと思う。土の下に埋めるのが一番いいのだが、この近くには土がない。遠くにいけば土も見つかるだろうが、ジステンバーで死んだ彼の遺体を電車で運ぶのは気持ちが咎める。それで、火葬にきめた。

24時間いつでも受け付ける火葬屋が見つかったので、そこにお願いした。夜7時半なら夫も間に合うから、その頃にきてくれ、と頼んだ。息子はビールを買いにいき、私は御寿司の出前をとった。こうして何かしていれば、私の涙もひっこむ。お葬式は遺族のためにやるのだと聞いたことがあるが、なるほどこういうことだったのかと思った。

モモと過ごす最期の夜、気分的にはお通夜だ。夫は6時頃自宅に戻った。家族三人、モモを見ながらビールを飲み、おすしを食べた。7時20分、火葬屋さんが到着。私たち三人はモモの遺体がはいったアマゾンの箱をもち、火葬屋さんの車に向かった。途中、何度かモモを触ってみたが、さきほどまで暖かだった体がすっかり冷え切り、やわらかだった四肢が固まって動かなくなっていた。

火葬屋の車を開けると、大きな炉が入っていた。モモの小さい体に対しては、かなりのオーバースペック。促され、炉の中にモモを入れた。隣に小さな数珠があった。三人でお線香をあげ、両手をあわせて祈る。炉の戸がしまり、「これから1時間半かかります。自宅でお待ち下さい」と言われた。

一時間半後、モモは小さな骨壷に収まって家に戻ってきた。骨壷は、急いで印刷したモモの写真の横に置いた。息子は骨壷を抱きしめ、肩を落とした。お線香をあげ、みんなで手をあわせた。お線香の香りが、気持ちを落ち着かせてくれる。これもまた、遺族のための行事なのだろうな、と思った。

お線香の煙は、細く長く上に立ち上る。多分モモは、この煙を追いながら空に還っていくのだろう。チョコが部屋の天井を、不思議そうに見上げていた。ちょうどそのあたりに、モモがいたのかもしれない。

f:id:mica:20041119173131:image