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7年ぶりのPDA博物館

前回のイベントから7年。明日、御茶ノ水駅前ソラシティにあるデジタルハリウッド大学で、第二回PDA博物館イベントが開催される。

kakakumag.com

prtimes.jp

初代館長として、参加しない訳にはいかない。というより、参加しないではいられない。当日は、ゲストスピーカーとの対談役を務めることになったが、空き時間で懐かしい面々(相当数参加されるはずっ!)との再会を果たしたいところ。

前回のPDA博物館の詳細はこちら。あのときも楽しかったなー。

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将棋と、質問の技法

 最近、将棋を始めた。将棋のことがまだよくわからないので、子供用に作られた将棋セットでやっている。駒に、進める方向が書かれているやつだ。それぞれの駒の動きを知るために、最初は「歩」なしでやってみた。すると、右端と左端にある香という駒がある。対面にも、同じように香がある。香はどこまでもまっすぐ進むため、お互いに睨み合っていている状況だ。右の香で相手の香を取れば、すぐに左の香で自分の香を取られるだろう。そう考えると、どう動かせばいいかわからない。これはちょっと、今の国際情勢に似ている。

 ところで昨夜、夫と国際情勢について話した。といっても、シリアスな話ではなく、まるで将棋のように「どこをどう動かせば、よくなると思う?」というような他愛のない話。そのとき、夫が「こうなるとよくない」という例を出した。そこで私は、「では、そうならないためにはどうすればいいの?」と聞いた。彼は少し考えて、「ここをこうすれば」と答えた。私は、「そうすると、どうなると思う?」と聞いた。私から質問されるたび、「うーん」と考え込んで答える夫。その答えに対し、また質問する私。こんな調子で、しばらく会話を続けてみた。すると、ちょっと意外な結論にたどり着いた。

 この場合、その答えが「正しい」か「間違っている」かということは、さほど問題ではない。もちろん政治に関わる人であれば判断の是否は重要だが、私と夫が夜中に話を楽しんでいるという限り、その是否はさほど問題にならない。むしろ、こうやって質問を重ねていくことにより、自分の中にあったひとつの結論を見つけ出すことが重要なのである。

 このとき気をつけなければいけないのは、質問者である私が自分のバイアスをかけないこと。つまり、私の考えを影響させないこと。その人にとっての「答え」は、必ずその人自身の中にある。それをただ引き出すために、質問を繰り返すのだ。5月9日の日記に、

結局、答えは自分の中にしかない。誰が何を言おうと、それを見つけるのは彼女自身だ。ただ、この僧のたとえ話のように、その答えを見つけるための道筋は、人と話すことによって見つけ出すことができるかもしれない。

 と書いていたが、それは確かにその通りだ。

 

マシュマロ・テスト

 「選択の科学」(シーナ・アイエンガー)の本に載っていた「マシュマロ・テスト」。YouTubeで映像が公開されていたのでシェア。とても興味深い実験だ。

youtu.be

 実験の方法は、次の通り。

 職員の子どもたちが通う、学内の付属幼稚園の4才の子ども186人が実験に参加した。被験者である子どもは、気が散るようなものが何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座るよう言われる。机の上には皿があり、マシュマロが一個載っている。実験者は「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、私が戻ってくるまで15分の間食べるのを我慢してたら、マシュマロをもうひとつあげる。私がいない間にそれを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出ていく。(Wikipediaより) 

 このWikipediaの説明は、シーナ・アイエンガーの説明と少し違うが、概略はだいたいこんな感じ(違いは、『15分待て』という時間の指示がなかったという点と、『食べたいと思ったらベルを振って私を呼んで』という指示があったという点)。

 実験する部屋には、時計はない。被験者である子どもは、マシュマロを2つもらいたいので、はじめは静かに待っている。しかし、だんだん不安になってくる。あとどのくらい待てばあの人は戻ってくるんだろう。もしかすると、もう二度と戻ってこないのではないか?…だんだん不安になってきて、ついにベルを振ってしまうのだ。その時間は、平均3分。ほぼ7割の子どもが、マシュマロの誘惑に勝てなかった。

 最後まで我慢して待っていた子どもは「手で顔を覆ったり、お菓子のことを考えないように、おもちゃで遊んでいるところを想像したり」していたという。こうやって、心の中から「マシュマロ」という存在を消してしまい、15分間を耐えたのだ。自分の欲望とどう戦えばいいかというノウハウを4才で体得している子どもがいるということに驚いた。

リアル・ロビンソン・クルーソーの世界

 4月2日に放送された「劇的ビフォー・アフター」2時間SPを録画しておいたので、それを見た。今回は、家ではなく島ごとリフォーム! さだまさしさんが所有する「詩島」をなんとかしてほしいということだった。

2時間SP「借金で潮漬けされた家」| これまでの放送リスト | 大改造!!劇的ビフォーアフター | 朝日放送

 さださん曰く、「僕ら、ロビンソン・クルーソー世代じゃないですか」とのこと。その世代は、「無人島」という言葉に脊椎反射してしまうらしい。29才のときに「無人島、買わない?」と言われ、即決で購入。すぐに家を建て、設備を整えたものの、それを楽しむ暇もなく映画制作の借金返済(なんと35億!)に追われ、38年が経過したそうだ。建物は劣化し、一部崩壊するなど危ない状況だったが、匠が知恵を絞り、低予算でステキなリゾート地に仕上げた。

 番組自体は非常に面白く、「島を丸ごとリフォーム」というスケールに興奮した。しかし、よく考えてみるとスタート地点は「ロビンソン・クルーソー」だった訳だ。だとしたら、豪華リゾート地ではなく、むしろテントやツリーハウス生活だったのでは…。

 そこで思い出したのが、Bライフの寝太郎さん。2009年から路上生活を始め、自力で小屋を建て、ほとんど収入なしでも生きていける生活環境を作った人だ。

mainennetaro.blog.fc2.com

 彼が提唱している「Bライフ」とは、こういうもの。

Bライフとは「安い土地でも買って適当に小屋でも建てて住んじゃおうという、言ってしまえばそれだけのライフスタイルだ」。「複雑な法律や理不尽な常識が襲い掛かってきても、それらを闇雲に乗り越えるのではなく、右へ左へ受け流す」―。自分だけの安全地帯で好きなだけ寝ていられる。好きなだけ本を読んでいられる。そして誰にも文句を言われない。

 (『Bライフ10万円で家を建てて生活する』より)

 ブログを見る限り、今もまだこの生活を続けているようだ。このあと、Bライフに人生の活路を見いだし、小屋を建てて暮らす人が続々登場したが、私がウォッチングする限り、彼ほど徹底して続けている人は数少ない。

 さださんのように、もし私が島を持っていたとしたら、こちらの方向に展開していきたい。芝生の上にテントを張り、周囲にある木を切って木材を作り、その木材で小屋を建てるのだ。食料は、魚を釣ったり畑を耕したりして自給自足する。…とはいえ、島を買う財力もなければ、小屋を建てる体力もないのだけれど。

 以前、このブログで寝太郎さんのことを二度紹介していたので、そのリンクもつけておく。いつか会ってみたい人だ。